頭の螺子が雲を飛ぶ、改

気が向いたときに気が向いたことを書きます。おた話多分多め。たまに絵とか。

風立ちぬ の、感想続き。

何日かたってちらちらっと他の皆さんの色々な感想も見て、

まだちょっと書きたいことが出てきたので。以下、下げます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前の記事で私は「良い映画だなぁ」と書いたけど

そこには私が「良い映画だと思いたい」欲求があることをお断りしておきたいと思います。

 

というのもあの映画が、「天才だから何しても許される身勝手さ、残酷さ」みたいなものも確かに描いてるからであって、そういう方向から考えたら率直に「良い映画」と一言で言えるのかっていう疑問も確かにあるからです。

いや、そういうの描いてるからこそ良い映画って言うこともできるかもしれないけど・・

 

二郎さんは確かに飛行機馬鹿で、病床の奥さんを気遣いたいけど結局飛行機の方に行っちゃう、人情という点からみたら結構マイナスな面も持ってる人で。

しかも二郎さんは美しいものが好きな人だから、菜穂子さんも美しい姿だけを見て欲しい、という悲痛な姿勢を取らざるを得なくなるわけで。

だから残酷だ、って言いたくなる面も確かにあっただろう。

 

でも個人的に思い浮かぶのは、それでも2人とも幸せだったんじゃないかということで。

菜穂子さんが二郎さん好きで、二郎さんも菜穂子さんがいなかったらできなかったって言ってて、だからお互いに必要としてたことは確かだったんじゃないか。

そんな二郎さんだから菜穂子さんも含めて、みんなが彼を好きだったんだろうな~とか。

中盤、菜穂子さんの容体が悪化したのを聴いて、二郎さんが汽車で飛び出すところで彼は泣いてますが、菜穂子さんの身を案じてっていうのと、どうしても飛行機から離れられない自分と、という、現実と夢のせめぎ合いっていうのもあったのかもしれません。

それでまたラストの夢の中で二郎さんは泣きながら「ありがとう」って言うわけですが

それも「身勝手で残酷な自分を許して愛してくれてありがとう」って意味も入ってるのかもしれないなぁ。とか・・・

 

なぜ、わざわざ改めて追加で書いときたいと思ったかと言うと

自分があの映画みたときに、「面白かった、良い映画だったんだけど、いままでの駿監督の作品とは何か違うなぁ」という、その違和感がなんだったのかというところが、多分、この残酷さとか身勝手さを読み解いていく方向から明らかになってきたんだろうと思ったからです。

でもその残酷さとか身勝手さがメインの映画だよとは、自分では思いたくなかったもので、どうにか自分としてプラスの意味をを見出したくて、改めて書いておきたかった次第です。

 

今までのジブリ作品、例えばラピュタとかみたいに「あれ面白いよ!絶対みた方が良い!」って両手離しで人にオススメしたい映画って感じではないのだが(見る人によっては二郎最低!って言われなくもないかもしれないし・・)

それでも自分では好きだった、見て良かったって思う映画だとここで言いたかったんです。

 

そもそも自分、ハッピーエンド主義なもんで、なんでも肯定的なものを見出そうとする癖があるんだな・・・ポニョのときも、あれはもう彼岸の景色なんだって分析する人がいて、それで筋が通ってるのも納得できるのだけど、自分としては、もうあくまで、あのままみんなで大きくなるまで楽しく暮らしたんだよ、と思いたい、から、そう思っとく。という感じでな。

まぁ、なんだかんだって、しっかり読みこんでる本気度が違う人達とは並ぶべくもないんだろうけど、あれだ、もうこれは自分的備忘録のためだから!いいの!(何