頭の螺子が雲を飛ぶ、改

気が向いたときに気が向いたことを書きます。おた話多分多め。たまに絵とか。

ここ数日、某心の友K氏(あえてこの呼び方で通すよ!(笑)と語り合ってて、他人と自分のことを振り返る機会がすごく多かったので、せっかくなのでちょっと書いてみる。

(以下数行読み飛ばし推奨(笑))

真面目な話はあんまりこのブログっぽくないんだけど、しかし!このブログがまさに私の脳内環境を忠実に書きとめておく情報媒体なのだとしたらこういう移ろいこそ記録しておくべきもので!とかこむずかしいことはどうでもよいとして、ただ単に書きたいことを書くというだけなんで、まぁそういうスタンスでね。だいたい毎回こういう前置きが長くなっちゃうのはやっぱりそれこそ自分の心情を余すところなく記録しておきたいなぁと思う欲望に由来するものなんだろうなと思ったりしたりしなかったりするまぁとりあえずさっさと始めろよ。

 

私は正直、自分が嫌いだというところがスタートなんだけど、でも「自分が嫌いだ」と思ったり感じたり言葉にしたりすること自体が、なんかこう、自分を物語の中に置こうとしているみたいで気持ち悪いのであまり口にしないようにしたいと心がけてる。

そもそも、自分はこういう人です、と自信を持って口にすることが、私はどうもできなくて(2年前くらいに一度そういうことを振り返る機会はあったけれども)過度に自分を持ち上げたり憐れんだりする(つまり語弊を恐れずに言うなら自分を物語化する、ドラマチックに考える)ことが嫌いなんです。(まぁでも結局しちゃうんだけどね、そもそもブログを書いていること自体そういうことだ)

「自分は大したことない人生で、大したことない人間なんだから、わざわざこの私は語ることもない」と思っているのと同時に、「でもそういう考え方は、自分を大切にしてくれる他人を無下にすることでもある」ことでもあると分かっていたいと思うため、「大したことない人生かもしれないけど悪くはないんだからいい」というスタンスでいたいと思っているし、自分で「大したことない」と言う割には他人から「大したことないよね」と言われたくはない、という、そして結局は「語っちゃう」という、素直になれないあんちくしょうであり、ただの強がりであり、つまりはプライドばっかり高い。

でもできるだけだけど以上のようなこと(まとまってないけど)に自覚的でありたいなぁ、と思っている。できてるかどうかはわかんないから、常に不安と自身のなさはつきまとう。

でも自信が無いなりに、友達が、ここ数日私に向けてくれたような、その人自身の大切な人の中に自分がいるっていうのは、自分を肯定してもらえてる気がして(自信が無くて、これでいいのかわからない姿勢だけど、それでいいのだと思えるような)本当に救われる想いがする。誰かの救いになることが自分の救いになるというか。

そうなってはじめて自分が生きててよかったなと思うこともできるものだ。

私みたいな考え方の人は(ようは自信が無いとか)そりゃだいぶ世の中に溢れてて、そう言う人って多分他人と関わるのが下手なのに下手なりに他人を求めて他人が自分を求めてくれることによって自分を好きにもなれるんだろうなと。

他人を求めない強い人間になりたいわ、なんて思うこともあるけど、結局そうはなれなくて(ただそれがゆえに常に理想であるわけなんだけど)なんとか折り合いをつけていくことが大事になんだろうな。

その折り合いをつけていくために自分を想ってくれる他人の実感でいうのは本当にありがたいものなんだってことを、ここ数日で本当に感じた。ああ心の友よ。

思えば高校の頃、「私は友達だと思ってるけど、彼女は私を友達と思ってるだろうか」と思う友人がいて、というか、友達なんだろうけど私は彼女にふさわしい友達でない気がする、と思ってて、「なんかもういっそのこと無視してくれ!」とか「私と話してたって不毛なだけだろう!」と内心悲鳴を挙げてたようなこともあったけれど(事実家では泣きながらそういうことを言ってたら家族に呆れられたことも多々あったww)そのときからは少しは成長できているのかな。

その頃の自分と決別できたとは全然思ってなくて、むしろ多分一生決別できないものなんだろうと思う。しかし、その頃はそれでいっぱいだったものが、時とともに、自分の単なる一面に過ぎなくなっていくってことなのか。それもまた自分をドラマ化してるみたいで正直気持ち悪いんだけど、ドラマ化するのを気持ち悪いと感じる自分も一面だし、ドラマ化してこうして綴っておきたいと思う自分もまた一面だから、そういう一面一面を大事にできる人になりたいしありたいよなというのが着地点だろうな。

今だっていつまでだって、余裕がなくなると本当に自分でいたくなくなったりするし、感情的になったりして本当に嫌だと思う。

そのうえ今年は4月からまがりなりにも仕事をしてお給料をもらう生活をするようになって、自分の行為に責任がつきまとう場面が多くて、余裕がないこともしばしばあって、失敗も落ち込みも多くて、職場でこそ感情的になるべきでないのに、余裕がないのが職場であるがゆえに職場で感情的になってしまうことが(つまりは職場で一番若いことにあぐらして諸先輩方に甘えてるんだろう・・情けない)大変多いのがすごく自分のだめなところと思うし直したい(重複してる重複(笑))

ないものねだりばっかりするわりに弱点をつかれると反発したくなるあさはかな自分だが、それでも、それに自覚的であって、そして少しでも自分が良いなと思えるような姿勢でいられるように頑張ります、そうあることが自分を大切に想ってくれる人にとっても、良いことであることもあるのだ、と今なら少しは信じられる気がするからね。