頭の螺子が雲を飛ぶ、改

気が向いたときに気が向いたことを書きます。おた話多分多め。たまに絵とか。

シュールに生きる。

というわけでまだ雪降ってるんですが。
明日昼からでかけにゃーなのに!日用品の買い物にもいきたしなのに。そして流石にストーブフル稼働しないと部屋が寒い。なんか寒さに負けた気がして悔しい。

ここ数日、魍魎の匣アニメ版のラストの花火についていろいろ考えていました。アニメから考察の材料を得ようと言うなら、後半しか見たことないからないからあれだけど・・!
もちろんですが以下ネタバレ。数年前の作品なのであまり下げず、反転もしないです。



花火、なんか元ネタ的なものあるのかな?と気になったので検索してみましたが、感想上げてるみなさん、ことごとく「・・・?」あるいは「ポカーン」という反応でした(笑
研究所の屋上に花火あるなんて変ですしね?美馬坂さんがここぞというときに「たまや!」とでも言って楽しむためのものだったのか。ばかな。
いや、花火が打ち上がるのは、まぁ、良いんですが、陽子さんの行動がよくわからないんだ・・・なぜ久保をそこに放り込むのです!そしてなぜ打ち上げ花火なのです!
・・・すっごい無茶苦茶なこじつけしてみるなら、陽子さんが久保の死体を持ちあげて穴に放り込むのは、アニメ前半で「バラバラ殺人は殺人という非日常から日常に戻ろうとして云々」という話と関係してるのかな〜、とちらっと思ってみたりしたが、(つまり殺してしまった久保を穴に放り込んで花火で木っ端微塵(笑)にして、という)説として弱い気がする。そもそもあんな状況で非日常も何もないだろうしな。陽子さんはその場で状況説明するくらいに現実認識できていたし・・・。やっぱりイメージ映像なのか・・・?
あるいはこう、弔いのつもりで・・・いやだからって花火にせんでも、ねぇ。
あの花火、背景的には綺麗で、幻想的な効果をあげていますが、あれが現実で本当に意味が無いものだとしたら久保君がなんか不憫なので(笑)納得のいく考察が欲しいと思うところであります。いや、加菜子曰く「意味があれば良いってもんじゃない」ですが。