頭の螺子が雲を飛ぶ、改

気が向いたときに気が向いたことを書きます。おた話多分多め。たまに絵とか。

もうひとりの私。

「きつねのはなし」読み終わり、森見先生作品、残すところ「太陽の塔」と「ペンギン・ハイウェイ」でございます。

でもどの館でもどっちも貸し出し中、その上「ペンギン・ハイウェイ」が予約数5という・・・!最新作だしね・・・

太陽の塔は幸い予約が入ってないようだったので、申し込みして帰ってきました。



で、読み直したかった「夜は短し歩けよ乙女」と「新釈・走れメロス」を借りてきて、先ほど両方読み終わって、その余韻に浸ってたところです。



今日(すでに昨日)の夕方は、かなり真剣に森見作品の時系列の整理を試みたりしました。阿呆です。でも結局プリントの裏にどうでもいい感じで書いたので、なんかよくわかんない汚いメモにしかなりませんでした(笑)まぁ、真剣に突き詰める気も無かったし、時系列なんかなくてもそれぞれの作品を読む分には何の問題も無いのですが。でも作品同士に関連が見えるのってのはやっぱり面白いもの。



特に「夜は短し」は樋口さん、羽貫さんというキャラクターを通じて「四畳半神話大系」とは結構密接につながりを持っているので、「四畳半」にハマった今となっては、初めて読んだ時以上に楽しんでしまいました。樋口さんが「弟子も羽貫も訪ねてこないから云々」という言動をしてるのを読んで「弟子?小津?明石さん?『私』?ww」とかね(笑

「夜は短し」の中のみんなが様々なところで奔走しているところで、「四畳半」のみんなも時を同じくして愉快にやっているんだろうな〜、とか考えてみると楽しいです。(ちなみに、わざわざ時系列を考えるとするなら、「四畳半」は「夜は短し」と同じ年か、1,2年前の物語かと思う)

それにしても「先輩」と「私」はまるで分身のようです(笑)

「乙女」と「明石さん」は全然タイプの違う女の子な感じですが。(両者ともにお酒は強そうだが)

もしこの流れを受け継ぐ新作ができるとしたら、ストレートに「四畳半」の「私」や明石さんや小津と、「夜は短し」の「先輩」や「乙女」が何らかの接点を持ったら面白いのに、とか思います。ああ、でも、両作品とも「リア充に憧れるリア充になれない大学生」の姿(そして最終的にはハッピーエンドに続く姿)を描くことに目的があるんだとしたら、なか望みは薄いことですかね。

まぁ脳内補完はできる!脳内補完を維持するために、森見作品を手元に置いておきたくなってきた罠。文庫版にでも手を出すか・・・いやぁ、でも全部買うったら相当かかるなw



この2作品に限らず、森見作品は結構縦横無尽に関連した要素が別々の作品にちりばめられています。御本人も仰ってた通り、京都の中のかなり限定した地域が舞台なので、ある意味当然なのかもしれませんが(笑